SailerインタビューVol.17
一人、生きていく中で
田中さん(80代)神奈川県
好きな言葉? 「凛」かな。 老人は老人ならではの、若い人は若い人ならではの潔さで、スーッと、まっすぐ生きる。その年代らしく、きちんと立っているみたいな感じかしらね。
北の果てへ疎開
生まれは東京の世田谷区です。きょうだいは4人、兄、わたくし、妹、弟です。 自宅があったのは緑の多い丘陵地帯だったんですけれども、戦争末期、いよいよ東京もダメだっていうので、一家6人で、北海道へ疎開しました。 網走と斜里の間にある、小清水というところです。オホーツクの海辺にはハマナスやユリが咲き乱れ、斜里岳方面に目をやれば、湿地一面に揺れる水草。牧場では牛や馬がのんびり草をはむ。そんなヨーロッパの絵画のような、明るく美しい町でした。 おかげで疎開中は空襲の被害にもあわず、食べるものもとても豊富でした。 英文科卒の父は、もともと翻訳のお仕事をしていたみたいですね。戦争になって、英語を使っちゃいけなくなったので、国語の教員に転職。野宿さながらで、東京と北海道の果てを往復する生活が、よほど心身にこたえたのでしょう。 終戦後まもなく、父は北海道で亡くなりました。
たくましき母とおてんば娘
東京に戻ったわたくしたちは、世田谷の家を手放して、前の家よりずっと小さな目黒の家へ引っ越しました。 幸い、母も免許を持っていたので、教員をすることになりました。 亡き父は3人きょうだい。恵まれた家庭で育って、東京の大学も出て。戦争中でも、母が用意した食パンに「もっとジャムをつけるように」と注文をつける人でした。 かたや、母は8人きょうだいの8番目ですのでね。戦後はそのたくましさを活かし、女手一つで一家を支えてくれました。 わたくしは4月生まれで、体も大きかったんですよ。3歳違いの兄のあとばっかり追いかけて、遊ぶといったら木登りとか、野球とか。おてんばでしたよね。
クリスマスケーキになる前に
学生時代は、ただただ楽しく過ごしました。高校3年生の時、先生の勧めで、銀座にほど近い、東京証券取引所に就職しました。 女性は男性の補助の仕事。経済力もありませんでしたが、それに対して何の不満もなく過ごしていた時代でしたね。 当時、女性は25歳まで結婚しないと「クリスマスケーキになっちゃう」っていわれてたんです。役に立たなくなって、たたき売りされちゃうと。 1つ年下の妹がいたもんですから。やっぱり、あわててね。なんとか自分が先にお嫁に行こうと思っていました。 夫と出会ったのは職場です。今の人と違って、恋愛なんていえるかどうか、わかりませんけれど。結婚したのは23歳、向こうは27歳でした。
照れて「ねえ」としか呼ばなかった人
夫は物静かで、自宅ではだらしないけれど、全く気を遣わなくていい人でした。もっとも、2人の息子にしてみると、厳しい父親だったようですが。 夫婦の共通の趣味は「音楽を聴くこと」。住まいのある鎌倉から東京駅へ出て、夫の会社が終わるのを待ちまして。よく2人でクラシックのコンサートへ行きました、子どもが大きくなってからも。 12年前のお正月も、家族揃って八幡様へ初詣に行ったんですけれど。その半年後、73歳のお誕生日までがんばって、夫は息を引き取りました。 「良二さん、良二さん」。結婚してからずっと、夫を名前で呼んでおりました。けれど、夫は恥ずかしがって、とうとう一度もわたくしの名前を呼んだことなかったんですよ。「ねえ」とか「君」とかっていって。 いつも近くにいて、頼りにしていた人がもういない。心細いですね。
なにがなんだかわかりませんでした
夫を看取ってからは一人暮らしです。 趣味は鎌倉彫りや漆塗り。最近はお茶托や土瓶敷きとか、小さいものを作って、お土産に差し上げたりしています。 そんな折、2年前でしたか。パンフレットを持ってきた町内会長さんに「この体験会に参加してくれませんか」と誘われたんです。しかも、前日の夕方(笑)。 なにがなんだかわかりませんでしたけれど、日頃、庭いじりをするくらいで、たいした用もない。「はい、いいですよ」と出向いたのが、Sailとの出会いでした。 積極的なタイプではないので、最初は見せていただくだけだったんですが、パソコンに不慣れなわたくしでも「大丈夫」とうかがいまして。 同じ機材を揃えればやれるかな。お試しでやった通りやればできるかな。慣れればできるかもしれない。「やってみまーす」という感じ。それが始まりです。
世界の若者が教えてくれたこと
Sailと出会って、変わったと思います。 例えば、「差別はいけない」なんてことは、誰もがわかってるわけですよ。ですけど、自分自身、心の底から人を差別していないといえるか。行動が伴っているかといえば、なかなか難しい。 Sailでお話しする発展途上国の方、みなさん、まじめですし、心が清らかというか、損得を考えてない。そういう心根に刺激をされて、本当にみんな同じじゃなきゃいけないなあって。 そのかいあってか、以前より行動にうつせるようになりましたし、問題意識も強く持つようになりました。
相手もまた変わっていく
相手の方が変わっていく、その瞬間に立ち会える喜びもあります。 その方は30代のペルー人男性。ご両親が若い頃、日本に働きに来ていた時に生まれたお子さんなんですね。 日本での就職を希望している彼は、物心つくかどうかでペルーへ帰国したのに、日本が心の原風景として色濃く残ってるんです。それはちょうど、幼子だったわたくしが疎開をした北海道が大好きで、何回も何回も旅行しているように。 彼は「どうして、日本国籍を取っておいてくれなかったんだ」って、親御さんを責めたんだそうです。 その話をうかがった時、会話がかみ合わず、あげく「誰でも20年、30年後のことはわからない。しかたがなかったことですよね」と、そんな慰め方しかできなくて。 3か月後、青年は別人のようにスッキリした顔をして、前向きになっていました。 わたくしは息子の会社を例に出して、「中途採用の外国人の方が社長さんになる時代です。就職に親は関係ない。国も性別も関係ない。日本の採用も変わってきています。本人の実力次第。お若いんだから、挑戦するのがいいですよね」とエールをおくりました。 うれしかったです。
違うからこそ、話せる
うまくいかないことを周りのせいにして、つい恨み言をいう。若者のやりきれなさに耳を傾けながら、「自分にもあったなあ、そんな頃が」と思ってみたりね。 お相手が海外の方だからでしょうか。文化も歴史も違うのが当たり前だと思っているから、本音で話せる。気楽にお話しできる。 時には「夫婦の悩みを聞いてくれますか」という方もいらっしゃいます。息子とはとてもできないような、いささか照れ臭い話も、よその国の、同じ年頃の方とは、心を開いて話ができる。 お互い、そういう面があるかもしれないなあと思っています。
自分の足で立って生きる
行ってみたい国? スペイン、台湾、それからベネズエラ。やっぱり、Sailで出会った若者たちが住んでいる国へ行ってみたい。今からでも行けるかしら。 彼らにもいうんですよ。「日本に行きたい」という人には、「3、4人なら、うちに泊めてあげられるから」って。 この春で80歳になりました。 孫は4人。子どもたちには子どもたちの生活がありますからね。わたくしは、これからも一人、自分の足で立って、生きていきたい。 そしていつか、上手になったら、年賀状に「凛」という字を書いて、出してみたいですね。
(聞き手・ライター 國安ひろみ)
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