SailerインタビューVol.32
井上さん (30代)神奈川県
95 年1月 17 日早朝、兵庫県南部を震度7の大型地震が襲った。道路、鉄道、電気、水道、ガスなどのライフラインが寸断され、孤立した医療施設は機能不全に陥る。死者数は 6,000 人をこえ、全壊および半壊した家屋は 24 万戸以上にものぼる。これを契機に大型建築物を対象とした建築基準法も改正されたが、喉元すぎれば熱さを忘れるのは、今に始まったことではない。現在、都市圏ではタワーマンションが一大ブームとなっている——。 |
アナウンスが行き渡らなかったのは、言葉の問題があったからです。たとえば「速やかに避難して下さい」と叫んでも、日本語に慣れてない外国の方には通じにくい。もっと平易な言葉で、「早く逃げて下さい」と言ったほうが伝わったと思うんです。
けっきょく逃げ遅れて被災されたり、亡くなった方たちの割合が、日本人よりもずっと多いという悲劇を招きました。そういう悲しい経験を踏まえて、弘前大学の佐藤和之教授が考案したのが、「防災のためのやさしい日本語」でした。そうしたら、これは防災だけでなく、行政における一般業務や観光の分野にも応用できるんじゃないかっていうことで、いろいろな方たちが「やさしい日本語」を広めていくようになりました。そのうちのおひとりが、観光分野での普及に尽力された吉開章さんです。私はこの人に「やさしい日本語」を教えてもらったんですね。
つまり「やさしい日本語」が提唱されてから、もう25年ぐらい経ってるんです。にもかかわらず、なかなか広まらず、同じ過ちを何度も繰り返しているというのが実情です。でもここ数年の政府の方針では、外国人の受け入れ間口をもっと広げていこうという空気が出てきています。市役所をはじめとする全国の行政組織に対して、国のほうから指示が出ているようなんです。このタイミングを逃さず、外国人の方がたにも日本人同様の行政サービスが受けられるような、そんな社会を作っていってほしいと思います。
行政だけでなく、ビジネスの場でも使われるフォーマルな日本語は、外国人の耳には届きにくい。そんな日本語を因数分解し、平易な形にしたものが「やさしい日本語」である。 |
通訳不要の「やさしい日本語」は災害大国ニッポンが生んだ知的財産。
学生時代から国際交流に興味があったということが、現在の私のベースになっています。最初に関心をもったのは、高校生のときのホームステイ経験でした。日本にいるときは、日本人同士のコミュニティでスレ違いを感じていました。たとえば、同じアイドルが好きじゃないと仲良くなれないとか、同じような服の趣味じゃないとダメだとか……でも、現地で出逢ったアメリカの人たちとは、言葉も文化も何もかもちがうはずのに、不思議と仲良くなれたんですね。そのときに気がつきました。「なんであんなに小っぽけなことを気にしていたんだろう?」って。そんな経験があって、いろいろな国の、いろいろな文化の人と話したいって思うようになったんです。
大学では国際交流のサークルに入って、様ざまなイベント企画に関わりました。日本文化をテーマにしたり、交換留学生それぞれの出身地の文化を教えてもらうなど、ありとあらゆるプランを立てました。 そうした経験を大学時代からずっと積み重ねてきてはいたんですが、「やさしい日本語」の大切さに気づいたのは、じつはここ4~5年のことです。 自分が納得できるような着地点がなかなか見つからず、モヤモヤッとした状態が長く続いていたんです。
そんな生活を続けるなかで出逢ったのが、『入門・やさしい日本語』(アスク出版)という本を執筆されてる吉開さんの「『入門・やさしい日本語』認定講師養成講座」でした。その講座を受講したのがつい最近、2021年の3月だったんですね。本などから知識を仕入れて、ちょっとだけノウハウは知っていました。でもここで、もういちどしっかり学び、学んだことをベースにしながら、今後の自分の指導方法に役立てようと考えたんです。
私は、日本企業に勤める外国人社員を対象とした日本語研修の仕事もしているんですが、たとえ超ネイティブに近い日本語を話す外国人であっても、「自分の日本語がビジネス上において正しく理解されているのかどうか不安だ」と言ってるんです。何年もかけて日本語を勉強して、何年も日本に住んでいる外国人です。それでも彼らを不安にさせてしまう日本人の話し方って、いったいどうなってるんだろうっていう疑問が浮かびますよね。だったら日本人であっても、「やさしい日本語」を少しは勉強してみてもいいんじゃないかと思わされます。 私たちが「やさしい日本語」を話すことで、彼らとのコミュニケーション上で起きていた数かずのトラブルを解決できるんじゃないかと思いますから。
震災が私たちに教えてくれた、大事な教訓だと思います。
できるだけ平易な伝達作業こそが外国人を含む「社会的弱者」を助ける。
大手広告代理店に勤務していた吉開氏が、故郷の柳川市で立ち上げたのが「やさしい日本語ツーリズム」事業だった。外国人に日本語での観光案内を楽しんでもらうなど、観光に特化させた「やさしい日本語」を提案している。 |
今後は「やさしい日本語」に対する行政レベルでの認識を、もう少し高める必要があるでしょうね。 たとえば「マスクを着用しない方の入館はご遠慮ください」ではなく、「マスクを着けてください」でいいと思います。こういう言い換え方があるらしいということを知ってはいても、まだきちんと受け止められていないようです。
相手が外国人だということを意識しすぎて、間違いがないように、言い残したことがないようにという思いが強くなるんじゃないでしょうか。だけど、その親切心がかえって逆効果となり、日本語の文章がどんどんおかしくなってるという気がします。
そもそも行政が提供する文章や説明って、日本語ネイティブの方にも複雑で分かりにくいじゃないですか。外国人なら、なおさらです。彼らだけでなく、耳が遠い方や、軽い知的障がいがある人たちも困惑させています。そういう人たちが、自分ひとりでも手続きができるような流れが生まれてくるといいですよね。わかりやすくシンプルに伝えるというコミュニケーション作業が浸透すれば、社会的弱者も含めた皆んなの利益になるんですから。
大学を卒業したあと、私の地元で、日本人と外国人の交流をはかろうという活動をずっと行なっていました。やがて、それを次の世代の人たちにバトンタッチすることになるわけですが、その理由としては、私と参加者の日本人とでは、考え方の方向性が少し異なっていたということもあります。簡単に言うと、彼らは外国語の勉強がしたくてこの活動に参加してる人たちが多かったんです。でもこの集いに参加する外国人は日本語の練習がしたいというのが目的です。つまり、お互いが話したい言葉がちがうわけですから、両者のあいだにギャップが生まれるのは当然です。 この時はまだ「やさしい日本語」に出会ってなかったので、このギャップをうまく埋めることができませんでした。
ところが吉開さんの講座で「やさしい日本語」を学んだことで、日本語をベースにした交流会「やさしい日本語おしゃべり会」を作ることができました。この会は茅ケ崎市国際交流協会のなかの一グループとして発足し、今では市との共催で活動しています。日本語ができる人や上手な人が対象ではなく、「私たちが“やさしい日本語”を話します」「日本語ができなくても遊びに来てね」という迎え入れ方のプロジェクトです。
日本に来たばかりの人は、たいてい地域の日本語教室に通ったりしてますが、私たちのように、お役所関係と手を組んでおいたほうが募集もかけやすいんですね。
コロナ禍になって気づいたことがあります。ワクチン接種をめぐる一連の手続きです。 ワクチンのクーポンは外国人にも届くんですが、封も切らずに封筒を捨ててしまう外国人が多いらしいんです。そこで「やさしい日本語」を使って「捨てないでね」って、「やさしい日本語」講師を含めた日本語の指導者から全国へ発信しました。あのクーポンをよく読むとわかるんですが、「多言語電話相談」って書いてあります(笑)。日本語に慣れてない外国人に伝わると思いますか? しかも封筒を開いて、難しい文章を最後まで読んでいかないと、その情報までたどりつけないんです。
海外にはプレーンイングリッシュ(=やさしい英語)を推奨している国もあって、これが日本の「やさしい日本語」にあたるツールになっています。英語圏だけでなく、ドイツにも同じようなものがあるようです。欧米をはじめとする移民が多い国の行政は、外国人対策が日本よりもずっと進んでいます。移民には低学歴の人が多いので、難しい言葉が理解できないんです。そんな彼らに対する向き合い方がきちんと示されているわけです。
公文書を「やさしい日本語」で書きましょうという流れも生まれていますが、そういう風潮がせっかくあるにもかかわらず、文書を書く人たちが逆に難しくしてしまってるという現実があります。「やさしい日本語」の重要性が行政の現場に浸透するまでには、まだまだ時間がかかるんでしょうね。
部署にもよりますけれど、藤沢市は、まだ頑張ってるほうだと思いますよ。「やさしい日本語」を発信して、市民向けの講座も開いていますし、オリパラのボランティアに向けた講座にも力を入れていました。取り組み方としては、とってもインクルーシブに向き合ってるんじゃないでしょうか。「やさしい日本語」とか Sail が広がっていく土壌として、市民の心が開きぎみの土地柄ではあるのかなぁって思いますね。
2011 年3月、国内観測史上最大規模といわれる M9.0 の震災が東北地方一帯を襲った。「外国人被災者支援プロジェクト」の調査によれば、青森、岩手、宮城、福島、茨城の5県だけで、約9万人の外国人が住んでいたという。たとえば宮城県のキリスト教会や国際交流協会のルートで調べたところ、すでに有名な日本語となっていた「TSUNAMI」を知ってはいても、「TAKADAI」の意味が分からない外国人が半数近くにものぼったそうだ。日本語の避難警報がけたたましく鳴り響くなか、何が起きたか分からず、地域のコミュニティからも外れた彼らは、茫然自失しながら佇むほかなかった。 |
どこでも使える「やさしい日本語」で日本人の豊かな心を耕していきたい。
「やさしい日本語」講座を受講したときのことです。じつは講座仲間のあいだで、Sail
が話題にのぼってたんですよ。と同時に、私の仲間が Sail ユーザー向けの「やさしい日本語」講座をやってたらしいんです(笑)。私が Sail を知ったのは、それがきっかけです。日本語で外国の人と話せて、しかも 25 分間のオンライン交流って、めちゃくちゃ気楽だなぁって思いました(笑)。私自身もともと国際交流が好きだったということもあるし、「やさしい日本語」を使いこなすには慣れることが大事なので、Sailを使って「やさしい日本語」の練習ができるんじゃないかと思ったんです。
日本語って無駄にだらだらと複雑なだけで、はっきりと言わないで省略して使う場面が多いんですよ。「やめてください」と言えばいいところを、「ご遠慮ください」と言ってみたり。もちろん、日本語教師として初級者の人に教えるときには「やさしい日本語」を使っていますが、通常のコミュニケーションのなかで使う言葉って、やっぱりちがうんですよね。でもSail での会話だったら、自分の練習にもなりそうだなと思いました。ようするに、向こうは日本語の練習、こっちは「やさしい日本語」の練習のつもりで話をしてるわけです。
Sail ユーザーの方がたにお伝えしたいのは、「やさしい日本語」のノウハウを覚えると、頭の中がきれいに整理できるということです。講座で学んだだけですぐに使いこなせる人はあんまりいないので、やっぱり外国の人と何度も話すことが必要です。そもそも外国人っていう存在に慣れるためにも、Sail ってすごく気軽でいいなぁって思います。
じつは私、けっこう心配性なんですね。たとえばどこかで災害が起きて、どこかで停電しましたなんていうニュースを聞くと、ついつい我が身に置き換えて「1週間も停電したらどうしよう?」とか悩んでしまうんです。そんな話を Sail で話したら、「停電なんていつものことだから大丈夫だよ」「暗闇で楽しめるゲームでもやればいい」「灯り代わりに火でお湯を沸かせて野菜でも煮こんで食べればいい」とか返してくるんです。なるほどね、怖がってばかりいてもしょうがないんだって考えさせられました。アウトドアスキルでも身につけて、これからはサバイバルでも楽しんでやろうかっていう気にさせられました(笑)。
時節柄、コロナの話題もよく出てました。発熱外来が混雑していて、病院で3時間待ち。なかには熱があっても外で待たなければいけない人もいる。そんな辛そうなニュースに接した話をすると、「熱があるなら、水を飲んで寝てればいいんだよ」って言われるし(笑)。「だけど薬はどうするんですか?」って訊いたら、「水だけで大丈夫」って言うし。そこで気づいたんですよ。日本は保険制度がしっかりしてるから、すぐに病院へ行って薬をもらったりするけれど、もう少し気楽な生き方をしてもいいのかもしれないって思ったりもしました。
私のこれまでの経験上、「学び合う」っていうのが国際交流の基本だと思ってるんです。でも防災とか病気についてどう伝えるのかっていったら、日本人が日本にいる外国人に細かく教えてあげるものだっていう発想が自分のなかにも無意識ながらありました。
だけど Sail での会話を通じて逆に教えてもらったのは、外国人の側からそれらに対する対処法を教えてもらえるのも「あり」なんじゃないかということです。なので、いつになるかはまだわかりませんが、外国人が発信する防災イベントをそのうちやってみようと思っています。停電の際のサバイバルスキルは彼らのほうがありそうですからね。
Sailユーザーが1対1のコミュニケーションで相手に何かを伝えようと思ったとき、いろいろな工夫をされてると思います。そんな努力の先に「やさしい日本語」があるんだと思います。でも、会話のなかで重ねた工夫がうまくいくときもあれば、逆の場合もあります。たとえばカタカナ語に変換したら通じるのかなと思ったら、さらに通じなかったとか。
そうした経験を重ねながら、皆さんは自分なりの法則を作り上げていってるのではないでしょうか。でも「やさしい日本語」のノウハウは、95 年の阪神淡路大震災のときから先人たちが積み重ねてきた知識の集大成なので、覚えておいたほうが手っ取り早いとは思います。ただ気をつけなければいけないのは、法則をマニュアル化しすぎてしまうことでしょうね。柔軟な姿勢で努力しながら、「こんな日本語で相手に通じた」という経験があれば、それがイコール「やさしい日本語」だと思います。
まだまだ時間はかかるんでしょうけれど、外国人を目の前にしたときに慌ててしまう気持ちを、少しでもほぐしていけたらいいなぁって思っています。日本に来た外国人たちは、いろんな場面で「ごめんなさい。外国語に対応できないので無理です」って言われ続けてるんです。それが彼らを取り巻く実態なんです。なので、どんな場所でも外国人を受け入れてくれるような、そんな日本人の心を耕していければいいなぁと。たとえ英語ができなくても、イザというときには「やさしい日本語」がある。「やさしい日本語」が、受け入れ側の御守みたいな存在になってくれればと思います。 ふつうに日本語で会話ができる時代が訪れることを願っています。
(聞き手・ライター 李 春成)
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