Journal

2021 Jun 09
Helte's Story

Sailer journeys story_10

子供の頃からの夢だった振り袖姿。早稲田大留学中の2017年、神奈川県鎌倉市で

日本は子供の頃からの憧れ

クリスティーナさん(30代) イタリア・ローマ

手作りコタツで日本のアニメ

子供の頃からずっと日本に憧れていました。2005年に初めて日本に行った時は、まるで夢の中にいるようで、私はほんとうに日本にいるの?って、なかなか信じられませんでした。ああ、もうこのまま死んでもいいと(笑)、それくらい日本が好きでした。 
小さい頃、わが家には日本の絵画や人形などの置物がたくさんありました。といっても両親が特に日本に関心をもっていたわけではなく、お土産やギフトでいただいたものでした。イタリアでは、家に東洋の置物があるのはそれほど珍しいことではありませんでした。私は日本の絵画に描かれた真っ白な顔の美しい女の人や、面白い格好をした七福神の置物などにとても心を惹かれ、日本はどんな国なんだろうと、興味をもちました。
小学生になって日本のアニメをテレビで見るようになり、その気持ちはますます強くなりました。大好きだった「魔女っ子メグちゃん」の中で、ひな祭りの歌を皆で歌うシーンがあり、私はレコーダーをテレビにくっつけて録音し、繰り返し聞いては歌を覚えたりしました。
アニメに出てくる日本の生活にも興味津々でした。特にタタミの部屋のコタツをみてどうしても入ってみたくなり、自分で作ってみました。低いテーブルにブランケットをかけ、中にお湯を入れたペットボトルを置きました。自作のコタツに入り日本のテレビアニメを見るのが、私の一番幸福な時間でした。自分の部屋に小さな日本をつくり、その世界に浸っていたかったのですね。

サピエンツァ大学の東洋研究学科へ

高校生になると、両親にお願いして家庭教師から日本語を習い始めました。ローマ在住の日本人女性で40歳ぐらいの方でした。週2回、彼女の家に行き日本語を学びました。私は彼女のおかげで日本についてたくさんのことを知り、日本語も話せるようになりました。その後日本語を使う仕事をしていますが、その時学んだことがとても役に立っています。おなかがすいた時に彼女が作ってくれたおにぎりや、日本のおやつは今も忘れられない味です(笑)。
大学はローマ・サピエンツァ大学の東洋研究学科に進みました。そこで日本文学や古典、歴史を学びました。そして大学生の時、2005年に初めて日本に行きました。
プロのテニス選手目指して、レッスンを受けにローマに来ていた日本の女の子と仲良しになり、その子が帰国後、日本へ会いに行きました。神奈川県藤沢市の彼女の家に1か月間ほど滞在し、日本を満喫しました。行ったのはちょうど12月から1月にかけてでしたので、クリスマスとお正月を日本で過ごしました。近くの鎌倉のお寺や神社巡りをしたり、ほんとうに忘れられない楽しい思い出です。

イタリアの大学は日本と違って、働きながら長い期間をかけて学ぶことができます。私は日本に関わることがしたくて、大学に通いながら、日本語を使う仕事をしました。日本人家庭のベビーシッターから始まり、和食レストランで働いたり、ローマにある日本人観光客向けの免税店で働いたり。免税店では4年半働きました。

秋の色を探しに東京・新宿御苑へ。留学中の2016年

早稲田大へ交換留学

働きながら大学を卒業し、その後大学院に進みました。大学院時代の2016年から1年間、早稲田大学との交換留学生として日本へ行くことができました。西早稲田の学生寮に入り、子供の頃から憧れていた日本の暮らしを経験しました。
ずっと行きたいと思っていた沖縄や広島にも行きました。沖縄のあの空と海は忘れられません。ゴーヤーチャンプルーも初めて食べて好きになり、今も時々作っては沖縄の空気を思い出しています。ゴーヤーはローマでも手に入るんです。
最初に日本へ行った時好きになった鎌倉へは何度も行きました。長谷寺のアジサイはほんとうに素晴らしいですね。報国寺の竹林は私のお気に入りの場所になりました。竹林の茶屋で、風に揺れる竹の音を聞きながらいただく抹茶は最高です。鎌倉では藤沢の友人の振り袖を着せてもらいました。振り袖を着るのは子供の頃からの夢でしたから、ああ、これはきっと神様からのプレゼントだって、ほんとうにうれしかったです。
日本で感じたのは、私の感性はイタリア人より、日本人に近いということです。イタリアより日本に居る時の方が、不思議と心穏やかで落ち着いていられるのです。日本のアニメや文化に惹かれたのも、そんな共通点があったからかもしれません。日本人のような繊細な心遣いは、イタリアではあまりみないです(笑)。

ああ、もうイタリアには帰りたくない、ずっと日本にいたい。1年間の留学を終え、帰国する時は後ろ髪を引かれる思いでした。

 東京・目黒川の桜祭りで。留学中の2017年

会話が楽しみ

Sailと出会ったのは、イタリアに帰国してしばらくしてからです。フェイスブックで知りました。最初は日本語力が落ちないようにと始めたのですが、やっているうちに日本の皆さんとの会話自体が楽しみになってきました。繰り返し話す方もできて、「お元気でしたか」って、お友達同士のような会話もできるようになりました。
実はどちらかというと若い方より、シニアの方と話すほうが私は好きです。若い方が苦手というわけではありませんが(笑)。いろんな経験を積んでこられた方ならではのお話を聞けますし、私と趣味が合うように思います。
たとえば書道の先生をしている方がいらして、私の作品をチェックしていただいたり、その方の作品を見せていただいたりします。私は高校生の頃から書道を学んでいます。
それと私は演歌が大好きなんです。特に石川さゆりさんが好きです。「津軽海峡冬景色」なんか、メロディーと歌詞がぴったりで、情景が目に浮かんできます。そんな話をすると、ユーチューブで曲を流してくれて一緒に歌ったり。皆さんとの会話はほんとうに楽しいです。日本に行けなくても、こうして皆さんとつながっていられるのはSailのおかげですね。とてもありがたいと思っています。スタッフの皆さんに感謝です。

私は現在、ローマで通訳や翻訳の仕事をしています。今は、私もメンバーになっている「源(もと)の会」という日伊交流文化協会の日本の方と一緒に、日本文学について書かれた本の翻訳に取り組んでいます。
11月頃出版予定です。このところ仕事が忙しく、Sailの時間をなかなか取れないのが残念です。余裕ができたらまた再開したいです。
それで思ったのですが、日本の皆さんのプロフィル欄に「今こんなことにはまっています」とか、「最近こんなことがありました」など、近況がアップデートされているといいですね。会話する時間がなくてもそれを見て「いいね」ボタンのようなものを押すだけでも楽しそう。海外のSailerは、それが会話のきっかけになるかもしれません。もしそんな仕組みもできたらうれしいです。

(聞き手・ジャーナリスト橋本節夫) 

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